湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。
鎌倉で人気の惣菜バル『オイチイチ』店主の瀬木暁さんが、2021年夏から長野県北部の野尻湖のほとりで準備をしていた蒸溜所がついに動き出した。3月にはファーストバッチをリリース。湘南エリアでも取り扱う店が出てきているので、もう飲んだ人もいるのではないだろうか。YAMATOUMI farm & distilと名づけられた瀬木さんの蒸溜所。山と海。長野の山と鎌倉の海だとは想像ができるのだが、いったいなぜ長野だったのか? そして、なぜ蒸溜家になったのか?
「コロナ禍で暮らしが変わった時に、自分の中で大きな意識の変化があったんです。それまでは人と人が繋がっていれば国境は関係ないと思っていたんですが、国境の大きな壁みたいな存在を感じたし、やはり自分は日本人なんだというアイデンティティが芽生えました。日本を出ることができないのなら、2つ拠点があった方が動きやすいなと思ったんです。以前から長野方面にはよく来ていて、お世話になっている人の家がある野尻湖に遊びに来ている中で、このあたりなら住めるなと感じていました。鎌倉にも自然はありますが、もっと自然の力が強い土地に暮らしたいと思っていました」
野尻湖周辺に通ううちに出合ったのが、現在の住居となっている物件だった。瀬木さんが暮らす土地の条件にしていたのが水質のよさ。野尻湖周辺は水の環境がとてもよかったのだ。水を条件にしていたのは、蒸溜所のことを考え始めていたからでもある。
「当時はコロナ禍で店が営業できなかったので、鎌倉のヨロッコビールでよく手伝いをさせてもらっていたんです。酒を扱う店をやってきましたが、自分で酒をつくってみたいという考えはずっと頭にありました。代表の吉瀬明生君に相談をしてみると、『蒸溜は殺菌にそこまで気を使わない分、少しやりやすいかもしれないよ』とアドバイスをもらったんです。それならば僕にもできるかもしれないと思い、蒸留所をやろうと決意しました」
長野と鎌倉を行き来する生活を送りつつ、建築資材を扱う会社を経営するパートナーと共に蒸溜所のプランをイメージし始めると、間もなく、現在の蒸溜所となる物件の情報が入ってきた。野尻湖湖畔に築145年の茅葺き屋根の民家が売りに出されたのだ。
「とにかく景色が最高なんです。目の前を遮る物がなく野尻湖とその奥に飯綱山と黒姫山が望めます。こんな場所で蒸留所ができたらなってイメージが湧きました。すぐに交渉をはじめ、どうにか物件を手に入れることが出来ました。でも、元のオーナーであるおじいちゃんが日本昔ばなしみたいな暮らしをしていて、母屋にも蔵にも145年分の物が詰まっていたから、とにかく片付けが大変でしたね。購入したのは2021年の夏でしたけど、はじめの半年は鎌倉と行き来しながらひたすら片付けです」
鎌倉で生まれ育った瀬木さん。20代の頃は音楽活動をしつつ鎌倉周辺の公園管理の仕事をしていた。そこでチェーンソーの扱いなどを学んだ経験や、2011年から逗子海岸映画祭を運営しているシネマキャラバンのメンバーでもあることで、映画祭で使う巨大なテントや小屋や什器などを日本各地や海外で制作してきた経験が、蒸溜所づくりにも大きく生かされたそうだ。